昭和56年9月11日 朝の御理解
                              明渡 孝

 御理解第82節『大蔵省は人間の口をみたようなもので、その口に税金が納まらぬ時は、四分板張った戸一枚で寝てはおられぬ。どこの太郎やら次郎やらわからぬようになろうぞ』


 昨日、一昨日でしたでしょうか、椛目の田中定男さんが、もうそれこそ見事な茗荷(みょうが)をたくさんお供えをさして頂いて、私のところに、もうそれこそ、もう嬉しゅうしてこたえんてなふうで、「今日は先生、今年もまたあの茗荷ばお供えができました」と言うてお礼に出てきたんですけれども。
 どっか耳納山のどっか中腹にですねその、毎年そこに茗荷がいっぱいで、どっか谷間のようなとこらしいんです。それで誰も知らないわけです。ですから、もう茗荷の時期になると、必ず自分が行ってその、たくさん、もう今年のは特に綺麗で大きかった、と言うておりましたが。
 私は、それを聞かせて頂いておってですね、ほんとに、年にいっぺんずつ、今年も誰も採っとらな良かがと。これは自分だけしか知らんと思っておりますからね。行ったところが、やっぱいっぱいこう生えておった。そん時の定男さんの喜びのことを思うたら、何か知らん胸が熱うなるような思いがしましたらね。●②「幻の茗荷」と頂いたです。
 もう定男さんにとっては、もうまさしく「幻の茗荷」だったでしょうね。それがもう年々、もう長年続いております。もうそして、あそこの場所は、僕だけしか知らんというわけなんです。それで、「誰か採ってはおらんだろうか」とやっぱそういう気持ちも持って行くでしょうけれど、ところがあったわけ。そん時の、私は定男さんの心の状態を思うた時に、胸が熱うなるような思いがしたんです。したら神様、喜びの茗荷。●②
 これは大分県の森というところに、もうお年寄りの婦人のお医者さんがおられる。武田という先生がおられます。今、医大、九大の方へ入院、加療中なんですけれども。この先生が、合楽にご縁を頂いて、もう自分の跡を継いでくれる、その息子さんが、医大を出たけれども、国家試験が毎年毎年通らんのです。いっぺん同道で参られましたが、立派な息子さんで、立派な品の良いお医者さんなんですけども。その国家試験が通らんのです。
 だから、そのことからあの、あちらにやっぱ、何と言うか、後藤さん、何と言うかな、あの後藤・・・。腕、手をなんかケガして、この一本はもう切らにゃならんという時に、武田先生にかかったんですよね。うん。あれ名前何ちゅうたかね。ああサカエさん。変わった信心をなさる方ですが。
 したら、先生、もう切らにゃんごと私はもう、金光さんのご神米ば頂いてきとるけんで、それば付けてからもう、「先生(  ?  )せんで良か」ちゅうた。そげなこと言わんでというけれども、本人がそんならただ治療だけさして頂こう、というて、もう明くる日からご神米巻いてから。それがもう、あまりにも治りが早かったので、ちょいとあらたかな神様であるの、いっぺん私も連れて参ってくれというのが始めてでしたよ。
 そして、自分の、いわゆるこうやって、まだおかげを頂いておる間に息子の、いわば跡継ぎを(?)しちゃならん、という親の一心からお参りをさして頂いて、まあ一心に、自分で、お年寄りのおばあさんですけれども、自分で運転して参ってみえる。ね。
 そして、教えを頂くことが楽しみで参っておられましたが、ある時、ちょうど婦人会の共励会があっておる時に参り合わせて、お話を聞きながら、「先生、何か一言話して下さい」と言うて、司会の人が申しておりましたら、開口一番こういうことを言われました。
 「私もいろいろな仏様、神様を知っておりますけれどもね、私は、合楽の親先生にお会いした時に、いうなら、私の幻の人にお会いした。感動いっぱいの(  ?  )」ね。先生にとっては、私は幻の人であった。
 合楽の教会が、ここにこうやって建立された時に、ね、「合楽の教会が、それこそ忽然として、幻のような教会ができた」と言うた人があります。ここはとても家どんが建っておるような所じゃなかった。しかも、ほんとにあっという間に、あっという間って実際は二年間もかかったんですけどもね。いわゆる忽然としてここのお教会ができた、とこういうのです。
 お教会があって、だんだん大きくなっていったというのじゃなくて、ほんとに忽然としてここへでけた。まあいうならば、そういう幻のお教会にみなさんはご縁を頂いておられるわけです。ね。まあいうなら、先生の言葉を、なら借りると、幻の人に会ったわけです。ね。
 日本が、いわゆる戦争に負けました。もう日本は負けないものだと。もう、ね、数千年の間の歴史をもって、歴代天皇がおられるていうなんかは、もう世界にただ一つしかないんだと。もう日本は、それこそ神国だと。いよいよの時には神風が吹くぞ、といったようなことをお互い、まあ何とはなしに信じて、日本という国は、そんなにありがたい国だというふうに思うてまいりましたね。
 そして、実際は、このように敗戦。けれども、現在、経済大国にまで伸し上げてきたんですから、日本という国は、やっぱ大した国じゃあるなと思いますよ。ね。まあいうならば、幻の国というてもいいじゃないでしょうか。
 そういう、なら、まあどこにもないような素晴らしいものを持っておる国へ生を受けた、ということだけでもありがたい。なら合楽の教会ですね。ならそういうまたとない教会、またとない先生。これはまあお話だからそう聞いて頂くんですよ。
 というふうにみなさんが、まあ感じて下さるとするか、ならもうそれこそ、お役に立つなら合楽教会。合楽教会にはいくら打ち込んでも、打ち込み損はない。いや、そのところに、いうならばありがたいものを感じれれる教会、とみなさんがなさる時に、教会は、いよいよ繁栄、発展をたどるばかりでしょう。ね。
 そういう意味でですね、私は、思うのに、いうならば、そういう、なら国の恩です。「国恩」またとない国柄の、お国におかげを頂いておる、そのお国柄の中で、私どもが日々、ね、どこの太郎やら次郎やら分からんというのではなくて、どこの何々何がしと言うて生活ができておるということは、ありがたいことじゃないか。
 してみると、これはもうそれこそ奉仕の心。ね。それに、「国恩」に応え奉る心。思ってしたならば、いわば税金を(くびらんならん?)といったようなことはないのじゃないでしょうか。ね。
 先だって、五日の壮年会がございました時に、久富まさき先生が発表しておりました。先だって、思いもかけないところから、見知らぬ小包が送ってまいりました。開けてみたら、その中に歯ブラシが入ってました。これは何か盲人、めくらさん達の何か大きな会の寄付金を、まあいうならば頼んできたものらしいんです。でそれに書いてあった。
 日本中、日本国中のね、いうなら多額納税をしておる人達のところにだけ、このあれを、小包を送ります、というようなことが書いてあった。思うただけでも、それはもちろん多額納税の、もう最低のところでしょうけれどもです、そういう中に選ばれておるということを、私は、もうほんとにありがたいと感じました、という話をしてます。ね。
 それこそ、私がいつも申しますように、スコップいっちょから、今日のおかげを頂いておる、とこういうておる。それがたくさんの税金が納められるということにありがたいを、とにかくね、百円お供えするよりも二百円お供えができる。いうならば、千円税金を納めるよりも、二千円納められるということの方がありがたいと感じる時にです、ね。私は、今日の御理解にピッタリくるんじゃないだろうかと思うんです。ね。
 だから、たくさん税金を納めよるけん、たくさん損になっていきよるかというと、なら年々歳々、いうなら日勝り月勝り年勝りにおかげを頂いて、これからは、いよいよ代勝りのおかげを頂くことのために、これからの信心はなさなければならない、とこう言うんです。
 最近、先生が申しております。もう一回り大きな信者として、総代としておかげを頂きたい。そういう願いを立てたら途端に何か、そんな感じがするんですよね。
 先だって、二番目の息子が、東京でしたかね、大きな建築会社に勤めております。それが今度、仙台に転勤になった。それで仙台の(こゆうゆうき?)という先生が、合楽教会にこうしてみえる、ということを電話で言うてきとったもんだから、仙台のその勤め先の方から先生のところにやらして頂いた。五日の日、その先生みえとったけれど、まあ自分は知らなかったわけです。(ゆうき?)先生と息子が会えたということは。明くる日にそれが分かったんです。ね。
 誰でも子供の信心を祈らん、願わん者はありません。ね。行ったら、もうたいへん喜ばれて、明日からこうやって発たせてもらうから、あんたんとこのお父さんに会うたら、またその、まあお話もできるというてみえた。みえた晩は分からなかった。けれど、明くる日それが分からして頂いた。「今度合楽から帰ったら、一杯飲むから是非出ておいで」と言うて、まあ言われたというわけですけれども。
 ああいう先生のもとに、時々、なら遊びにでも行って、信心の話を聞くということはどういうことになるだろうか。ね。親のもとを遠く離れておりますから、ね、なかなか信心の受け渡しもできんのだけれども、そういうような不思議な働きの中に、子供が一回り大きくなろうと思うたら、働きが起こっておるわけです。これだけじゃない、私は、他に二・三それを実感することがありますけれどね。うん。
 もう、久富建設なんかという小さいものではなくて、それが一回り大きくなっていく。すると、必ずまた、なら税金も多くなるでしょう。けれども、多くなることがありがたいとね。千円よりも二千円を納めれることがありがたい。「はあ、今度はどげんしてごまかしちゃろうか」ちゅうもんと違うもん。ね。そこに私は、信心さして頂く者は、頂き方というものがあると思うんですけれども。
 まあ私は、それは先生が心の中のことですから分かりませんけれども。「合楽にご縁を頂いたということはありがたい、親先生とこうして縁を頂いたことは、ほんとに、もう自分の一生一代の最高のありがたいことであった」と、まあ思うておるといたしましょうか。ね。思うとらなければ、なら私、現在合楽教会で頂いておる御用はできんと思う。それが感じとるからではある。まあ幻の先生ではなくても、幻の教会ではなくても、ね、やはり、またとないお教会に、またとない先生に縁を頂いたということに、心から喜びを感じておるのではなかろうか、とまあ思うのです。ね。
 みなさんどうぞ、幻の教会、幻の、「私が探し求めておった幻の先生」と、まあみなさんが思うて下さるとね、一段、合楽通いがありがとうなってきましょう。ありがたくなったら、それこそ定男さんじゃないけれども、毎年、一年に一回その、山の茗荷を採りに行く時に、誰も採ってはいなかった。いっぱいあった時にです、新たな発見をしたような喜びを感じるだろう。「まだ誰も採っておらんじゃった」とこう思う心。そういう生き生きとした弾んだ心がね、合楽教会に向けられると、必ずおかげになる。お徳になると思うですね。どうぞ。